つぶやき

今週のお題を淡々と更新するブログです

実家にいた頃、ピザは暗黙の了解で「欲しがっちゃいけない」ものでした。わが家は多分食育的なものがちゃんとしているようで、今二人暮らししているとほんとすげーなという気持ちになるけど、「冷凍食品」「宅配」「コンビニ食品」がNGな家庭だったんです。んで、比較的大きくなった頃に宅配ピザデビューをしたんですが、あれ、想像の1.5倍くらい量多いというかお腹にたまるんですよね……。うきうきで商品選ぶと後で苦しくなる。もうちょい小さい頃から宅配ピザと触れ合ってればこういうミスは起こさなかったのでしょうかね。とはいえ幼少時代からの食生活というのはげに恐ろしきもので、冷凍食品とかコンビニ食品とかはあまり自分から食べたい〜という感じにならないというか味がちと苦手。宅配は割とすんなり受け入れてるんですが、ゴミ出るのが嫌だね〜ってなる。もう何ならええんやって感じですね。

#応募期間過ぎてたへぐへぐ

#ピザが食べたい

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じりつ
【自立】
《名・ス自》自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやって行くこと。 「―心が強い」

いつまで経っても誰かに助けてもらいたいし、自分以外の力も借りて物事をやっていきたいっす。でも支配は受けたくないんです〜〜〜〜。わがままでごめんなさい〜〜〜〜。

大人の階段登ったなぁと感じた瞬間羅列(主に生活面)

  • 公共料金契約した
  • 公共料金払った
  • 美容外科で分割払いはじめた
  • 排水口掃除することを覚えた
  • 住民票出しに行った
  • 家具自分で買った
  • 保険入った
  • 他にもいろいろありそう
    • #基本、一人暮らしはじめると「ほほう役所ってこういうときに行くのね」「銀行窓口の必要性……!」ってなる
    • #一人暮らしはできることならやったほうがいいと思う

#わたしの自立

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ちょうどいいとこ、に生まれたかったなと思う時があります。私、どこそこ出身なんだよね、って言って、へえいいじゃん、ってなるようなところ。自分にとってそれは石川と広島です。だって、石川と広島って、もうなんか石川です!!! 広島です!!! みたいな感じじゃないですか。上京組で集まった時、へえいいじゃん、ってなる地元じゃないですか。なんだかほどよくて、うらやましい。そんなわたしは愛知の生まれで、名古屋市ではないところに住んでいました。どこ出身? って言われて頑なに愛知って言うけど、名古屋って言わないとぼやけるような気がする、そんな気がずっとしています。愛知だけど名古屋じゃないと愛知じゃない。愛知は住めば都というか、ほどよく都会にもなれるけど、居心地は悪くないと思うけど、ぎゅっと濃縮されたご近所付き合い気質な感じは苦しい。だから今上京しているのに、東京にいても、なんだかぼんやりしています。どこにいても、私はここで育ってたんだよ、とは言えないし言いたくない。帰って、ああここだよここ、となるような、そんなところが、欲しかったです。でも強くそう思うようになったのは、出てきたから初めて分かったことなんだよなあ。なおここでの広島石川爆上げ評価は完全なる個人の見解です。

#私のふるさと

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実家に『美味しんぼ』専用の棚があってピアノの練習をサボりながら片手でよく読んでいました。美味しんぼで馬肉の存在を知り、馬肉食べたい馬肉食べたい言っていたらぱっぱが馬肉を食べに長野へ連れて行ってくれたことがあって。家族でどこか県外へ出かけたのはこのときが久々だったしそれ以来行っていない。今後もなさそう。今なら分かるけど、ぱっぱ、心の底から旅行が嫌いな人で私が幼稚園くらいの頃に家族で泊まりで行ったディズニーランドとか無理してたんだろうなぁ。おかげさまでぱっぱの血をしっかりと受け継いでスクスクと旅行嫌いに育ちましたが、加齢の影響か一時ほどは出歩きたくない病は緩和された気がします。旅行はしたくないけど無駄に都内のいいホテルに泊まって休みたい。思い出より体力が欲しい。

#思い出の家族旅行

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もう足音は聞こえない

実家に住んでいたころ、割り当てられた子ども部屋は六畳間の和室だった。襖で区切られてはいたけれど姉と一続きの部屋で、かつベランダへ行く手段は私の部屋からしかなかった。ので、毎日のように母が洗濯物を干しに入ってくる。うーんプライバシーってなんなんだろうなという感じだった。

姉と一続きなのは決して嫌ではなく、むしろ尋常ではない仲の良さなので、毎日深夜に二人で好きな音楽の話や気になるできごと、仕事先やバイト先の愚痴などを語り合っていた。が、姉妹と母は折り合いが悪く、かつ、姉妹が仲良くしていることに対してあまり良く思っていなかったようで、AM2時ごろに階段を上がって、二人が寝ているかを確認してくる。安普請の実家は階段を上がるとミシ、ミシ、と音がする。その音が近付くと二人は慌てて電気を消して、さも寝ているかのように振る舞う。この母娘による攻防は姉が実家を出るまで続いた。

思えば、ゴミ箱を漁ってきたり、最寄り駅まで自転車で行くことを許されなかったり、風呂に入ったかと毎日確認してきたりと20歳そこそこの娘たちへの干渉はややいきすぎたものであったし、それにより、どんどん関係はマイナスな方向へ進んでいった気がする。

姉が実家を出てしばらくし、私も就職に伴い家を出た。最初は会社の寮、数年後に退寮し、一人で暮らし始めた。ずっと誰かに手厚く保護され暮らしてきたから、もしかするとこのとき初めて実家の母への感謝の気持ちだとか、そういうのがわいてくるのかな、とうすらぼんやり思っていたけど、結論としてはああ干渉されない、見張られないって何て楽なんだろうと思うばかりだった(もちろん大前提として、育ててくれたことには感謝をしているし、そこを無視して嫌だ嫌だと言いたいわけではないです)。排水口の掃除の仕方だとか、公共料金の払い方だとか、たしかにそういうのは知らなくて、実家にいたころは全てやってくれていた。けど、それ以上にミシ、ミシ、と近付く足音に怯えていたし、神経が擦り切れていたんだなと改めて感じた。行動が縛られる、見られている、というのは、多分自覚している以上に疲れる。

顔を合わせば嫌悪、みたいな母娘の関係は、姉妹共に実家から距離ができてややも改善したと思う。人によっては物理的に距離を置く方が、その後良い関係を築けるし、お互いのためになると思う。

例えばもし、いつか、他人と暮らしていく人生を選ぶとしても、足音を気にしないでいいような、そんな関係だといいな、と思う。

そして今年から姉と6年ぶりに一つ屋根の下で二人暮らしを始めるので、今からズボラな生活習慣で嫌われないか不安でいっぱい!


#私の一人暮らし

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